観察レポートNo.021 「○○的」禁止令

 

 一般的な人: 難しい言葉で高度な説明をする

 来夢人  : 身近な言葉でシンプルな説明をする

 

僕は悲しい。

どうして魚類学者が発見するロマンの詰まった新情報が、

一般の人の耳に届かないのだろうか。

その発見を覗いたら、

きっと魚に興味の無い人でも、心動かされるだろうに。

大人を観察する中で、

こうしたおもしろい情報が届かないのは、

伝え方が偏っているからなのではないかと思えてきた。

 

難しい言葉をたくさん使って、

あたかも高度な概念を知っているかのように説明する大人をよく見かけるが、

途中で粗が出て、言葉に困ることがある。

そんなとき彼らは、ある魔法のアイテムを持ちだしてくる。

「○○的」という言葉だ。

神々しい程にオールマイティーな逃げの道具だ。

本当は自分でもよくわかっていないのに、

これを使うことでうまくごまかすことができる。

 

「形而上学的見地から言うと」と言うだけで、

「おぉ! きっと頭の良い人なんだなぁ」と思わせることができる。

…と思ったら大間違いだぞ、世の大人たち! 

残念ながら、その戦略は通用しない。

実際は、

「は? 意味分かんないんだけど。

めんどくさい表現ばかり使いやがって、腹立つわぁ」

と感じるだけだったりする。

特に、大人鑑定眼の厳しい子供たちにとっては。

 

わざと難しい表現を使うのは、

専門家に対するプレゼンの場である学術論文や専門書の中だけにしよう。

専門外の人に伝えるときには、

いかに簡単な言葉で、わかりやすく、短く説明できるかが、

優れた人という評価に結び付くのだ。

 

来夢人は、大抵のことを小学生にわかるように説明できる。

当然、自分の夢を語るときも、それはそれは他人に伝わりやすい。

その場の理解だけでなく、未来の興味に繋がりやすい。

 

さあ、やってみよう!

「○○的」を使わない生活。

僕もやってみたが、こりゃ、難しいわい。

 

 

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観察レポートNo.021 「○○的」禁止令 への1件のフィードバック

  1. 岩上知之 のコメント:

    政治家でも政策を難しく語る人がいます。ですがこれは、自分がよく勉強して理解していると言う事をPRする程度のこと。リンカーンがそうであった様に、本当の政策通は自分で考え出し自分の言葉で説明出来るから、難解な言葉で話す事はありません。

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